第 1 章 序論
 1.1 まえがき
 1.2 同期発電機空隙磁束の計測に関する研究の概説
 1.3 シミュレーションによる電圧崩壊に関する研究の概説
 1.4 機器定数の測定に関する研究の概説
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1.1 まえがき
 自然科学においては,物理的な視点より現象を理解し法則化することが重要であり,物理法則は方程式として定式化され,普遍化ないし抽象化される.方程式に現われる状態変数は,機器などの動作にとって原理的であるから,これを把握することが望ましいが,観測困難な物理量,あるいは観測不可能な内部変数であることも多い.このような状態変数に対しては,計測しやすい物理量を観測し代用する,あるいは,それより推定することが一般的に行われている.これらの状態変数の中には,技術の発達により計測困難度が小さくなっているものや,コンピュータ処理によって計測可能になったものもある.しかるに,このような状態変数に対しても,依然として従来からの計測・推定が行われる傾向にあり,科学の発達を妨げる大きな要因となっているように思われる.
 電力系統においては,発電機端子電圧とその周波数を一定値に維持することが第一義的に重要であるとして,その観点より発電機は制御されている.これは裏を返せば,容易に観測できる物理量にそのような役割が与えられたという面もあると考えられる.端子電圧やその周波数は同期発電機自体の状態変数ではなく,同期発電機を物理的に記述する状態変数は,発電機各巻線に鎖交する磁束である 1-6).しかしながら,各巻線鎖交磁束を直接観測し,定量的に把握することは,端子電圧・電流などに比べて困難であり,端子電圧などより推定されているのが現状である.
 工学においては,抽象的な理解だけでなく,実用上の要請のため個々の現象を具体的かつ可視的に表現し,量的ないし数値的に理解することも重要になる.その場合,法則や方程式を近似的に扱わざるをえない例も多い.さらには,計測値の有効桁数や誤差を考慮すると,工学においては,なんらかの近似は避けることのできないものであろう.近似には,自然科学の発達段階によらず本来的なものと,時代的な制約によるものがある.微分方程式の数値解法のように,物理的ないし数学的な原理より導出された近似の多くは,前者に該当する.後者には,現象面に着目して一定の仮定をおき,支配的でないものを無視することにより,近似として成立してきた多くの事例がある.そのなかには,近年の著しいコンピュータの発達によって,近似の必要性が薄れている事例もあるが,このような場合でも,依然として従前の近似を用いる傾向があるように思われる.科学の発達とともに諸現象の微細な構造が明らかにされてきたが,近似によって得られた多桁の数値をもって,細かい議論を行っている例も見受けられる.特に,初期値に対する鋭敏な依存性を持つような非線形系の場合には,近似式による微細な解析結果と,実系に観測される現象との乖離が重要な問題となろう.このような事例に対する現代的な回答の一つは,時代的な制約による近似を排除した上で(原理的な近似にとどめ),コンピュータを用いた数値処理による解析である.
 電力系統の計算機シミュレーションにおいては,同期発電機を過渡リアクタンス背後電圧一定として扱った例や,制動巻線を無視した例など,近似モデルを用いる場合が多い 7).同期発電機は,各巻線に鎖交する磁束に基づいた Park の式によって,物理的に記述することができる 1-6).多機系統でないかぎり,Park の式を用いても,コンピュータの処理能力の点からは,十分実用に耐えうるシミュレーションが行える.
 本論文は,以上のような観点に立脚して,
1) 同期発電機の観測すべき状態変数は,端子電圧・電流に加えて,空隙磁束.
2) 同期発電機の計算機シミュレーションは,内部磁束に基づく Park の式で行う.
という方針より,電力系統の安定度向上に寄与するべく,同期発電機の内部磁束に着目して行った著者の研究 101-118) をまとめたものである.本研究では,まず,稼働時において同期発電機の空隙磁束密度の状態を直視でき,同期発電機の本質的な動作状態を把握できる計測装置を開発した.次に,Park の式を用いた同期発電機の計算機シミュレーションにより,非線形負荷を含む電力系統に生じる電圧異常現象・電圧崩壊現象を非線形力学的観点から解明した.次に,Park の式に現われる諸定数の値を直接測定することによって,シミュレーションで用いる諸定数の値の変化について検討し,電圧崩壊現象に関する実験と計算機シミュレーションの両面より,定電力負荷による電圧崩壊の仕組みについて考察した.
 本論文は,同期発電機空隙磁束密度のオンライン計測装置に関する研究,電圧異常現象・電圧崩壊現象に関する非線形力学的研究,定数値と電圧崩壊現象に関する実験に基づいた研究の 3 部より構成される.計測装置に関する研究は第 2 章より第 4 章で,電圧異常現象・電圧崩壊現象に関する研究は第 5 章より第 6 章で,定数値と電圧崩壊現象に関する研究は第 7 章より第 8 章で述べる.以下の第 1.2 節より第 1.4 節では,各研究の歴史を概観し,その流れにおける本研究の位置付けを述べ,各章別の構成を述べる.

1.2 同期発電機空隙磁束の計測に関する研究の概説
 電力系統安定度の本質は,系統につながれたすべての同期発電機が同期速度で動揺することなく回転することにほかならない.同期発電機の動作は,主として空隙部の磁束に支配されるので,空隙磁束の負荷時における分布状態を把握することが,端子電圧や周波数の制御と同等に,電力系統の安定度向上にとって重要である.発電機の動作状態をあらわすものとして現在用いられている端子電圧や電流からは,空隙磁束の分布状態や,空隙磁束と発電機動作の関係をある程度は推定できるものの,正確にとらえることはできず,また,負荷時同期発電機の空隙磁束密度分布を直接測定する有用かつ簡便な方法や装置は開発されていない.空隙磁束密度のうち空間静止成分(回転子と同じ速度で回転する成分)が発電機動作を本質的に支配し,空間・時間基本波成分が電力変換に寄与する.したがって,空隙磁束密度の空間静止成分を測定することが重要である.
 上田氏,上之園氏らは,同期発電機の特性を空隙磁束の面から解明し,電機子歯頭部に取り付けたサーチ・コイル(search coil)の誘起電圧を Fourier 解析することによって,空隙磁束密度分布を計測する方法などを明らかにした 8, 9).その研究において,平衡 3 相負荷を担った同期発電機の定態時における空隙磁束密度分布は,電機子巻線構造に応じた数のサーチ・コイルを用いれば正しく計測されることが示された.また,平衡 3 相負荷を担った同期発電機の定態時における主要な特性は,空隙磁束密度分布の空間・時間基本波成分によって決定されることも明らかになった.
 本研究では,これらの研究成果に立脚して,マイクロプロセッサ(microprocessor)を用いた負荷時同期発電機の空隙磁束密度オンライン計測装置を開発した.計測装置は,発電機の毎極毎相溝数に応じた個数のサーチ・コイルの誘起電圧を A-D 変換器を用いて計測し,マイクロプロセッサを用いてサーチ・コイルの誘起電圧を Fourier 級数展開し,空隙磁束密度の空間静止成分を抽出する.空隙磁束密度の各成分は D-A 変換器より出力される.また,サーチ・コイルの誘起電圧だけでなく,発電機の端子電圧や電機子電流なども A-D 変換器を通して測定し,それらを総合して動作状態を把握することもできる.試作した装置は,一般的な部品を使っているため,製作容易かつ低コストである.したがって,既設の発電機にサーチ・コイルなどを取り付け,オシロスコープなどを併用すれば,発電機が稼働している現場でリアル・タイムに,空隙磁束密度の状態を手軽に直視することができるようになる.
 第 2 章で,発電機内部に巻かれたサーチ・コイルの誘起電圧より空隙磁束密度分布を算定する原理と方法について説明する.
 第 3 章で,試作した計測装置のハードウェア構成と装置の動作,およびソフトウェアの概要について説明する.
 第 4 章で,試作した計測装置を用いて,電機子巻線構造や回転子位置検出装置の異なる発電機に対して,空隙磁束密度を実測した結果について述べ,計測装置の実用上の諸問題について検討する.

1.3 シミュレーションによる電圧崩壊に関する研究の概説
 電力系統は自律系の常微分方程式によって記述することができ,電力系統各部の電圧・電流の実効値などは,系統が正常に運用されている限り,微分方程式系の安定平衡点に対応する.一般に,このような微分方程式系には,安定平衡点以外に不安定平衡点が存在する.また,電力系統における動揺・電圧異常現象は,微分方程式系のリミット・サイクル(limit cycle)やカオス的アトラクタ(chaotic attractor)に対応する.
 1970 年代より世界各地で,重負荷時に突然負荷端の電圧が低下し始め,無効電力設備が異常動作を起こすなどの連鎖反応によって,電圧が急激に低下する大規模な停電事故が起こった.これらの事故は,負荷の電圧特性と無効電力補償装置の動作特性が要因となって発生し,電圧崩壊と呼ばれている.1980 年代末より,誘導機負荷と定電力負荷を含む一機無限大母線系統における電圧崩壊現象について,数値実験による研究が行われてきた 10-13)
 Dobson 氏らは,誘導機と定電力負荷を含む一機無限大母線系統において,定電力負荷の無効電力をパラメータとして準静的に増加するとき,安定平衡点と不安定平衡点とが対になって消滅する,すなわちサドル・ノード分岐(saddle node bifurcation)によって電圧崩壊が起こることを報告した 10, 11).Wang 氏らは,Dobson 氏らの系統と同一構成で一部定数値の異なる系について,定電力負荷の無効電力を準静的に増加するとき,サドル・ノード分岐が起こる以前に超臨界 Hopf 分岐(supercritical Hopf bifurcation)によって安定平衡点は不安定化し,1 周期リミット・サイクルが生じること,このリミット・サイクルより周期倍分岐の繰り返しによって生じたカオス的アトラクタが,サドル(saddle,Hopf 分岐によって不安定化した平衡点とともにサドル・ノード分岐によって消滅する)に衝突する,すなわちカオス的ブルー・スカイ分岐(chaotic blue sky bifurcation)によって,電圧崩壊が起こることを報告している 12).なお,Dobson 氏らは,文献 10, 11) ではサドル・ノード分岐だけを報告しているが,同一構成同一定数の系統について,リミット・サイクルやカオス的アトラクタの存在を詳細に示している 13)
 これらの研究では,発電機端子電圧の位相角の変動を考慮しているが,端子電圧は正弦波で,その実効値は一定としている.発電機の端子電圧の実効値は,自動電圧調整器(AVR,Automatic Voltage Regulator)によって一定に保たれているので,系統が正常に運用されている限りは,端子電圧一定としても問題が生じないように思われるが,電圧崩壊に至る過程や,リミット・サイクル,カオス的アトラクタが生じる場合など,系統が平衡点以外で動作するときは,端子電圧は正弦波ではなく,その実効値も一定ではない.さらに,発電機が正常に運転されているときでも,AVR のオフセット(offset)のため,端子電圧の実効値は負荷状態によって変化する.したがって,端子電圧の実効値が一定という仮定の下で議論された安定限界や,電圧異常現象の原因などは,実際のそれらとは異なることも十分に考えられる.
 同期発電機の計算機シミュレーションは,発電機端子電圧を表現する電圧方程式,および回転子の相差角に関する運動方程式(動揺方程式)を用いて行われている.同期発電機の本質的な動作状態は,発電機内部の磁束によって表現される.内部磁束に基づいた同期発電機の表現式は,Park 氏によって研究され 1),Park の式として過渡状態に対する精度を要求されるシミュレーションで用いられている.発電機の電機子巻線に鎖交する磁束の時間微分が,電機子巻線の誘起電圧を与えるが,定態時においても,これらは正弦波状に変化する時間変数である.Park の式は,電機子巻線の鎖交磁束・電圧・電流を発電機の回転子とともに回転する座標系に変換し,電磁誘導を表わす微分方程式に速度電圧(回転子角速度と変換した磁束鎖交数との積で,定態時における誘起電圧を表わす)と呼ばれる項を導入することによって,定態時における磁束などを時不変(直流)化した常微分方程式である 6).通例,発電機の界磁巻線に関する微分方程式も含めて,Park の式と呼ばれている.Park の式は,磁路の飽和とヒステリシス,および電機子鉄心のうず電流を無視し,電機子巻線による起磁力は空隙の円周方向に沿って正弦波状に分布するという仮定の下で,正確に同期発電機の動作を記述している.
 Park の式を用いて同期発電機を表現した場合,回転子の運動方程式を含めて 5 変数の常微分方程式となり,制動巻線を考慮すると,7 変数の常微分方程式になる.さらには,発電機制御系に関する微分方程式も加わるので,同期発電機を正確に表現すると,かなりの高次元系になる.このため,電機子側の過渡現象を無視したモデル,制動巻線を無視したモデル,界磁巻線の過渡現象を無視したモデルなど,Park の式(および制動巻線)を用いたシミュレーションは意外と行われていないのが現状である.Park の式を用いれば,端子電圧の変動を考慮したシミュレーションを行うことができる.
 本研究では,Park の式を用いて,Dobson 氏らや Wang 氏らが提案した電力系統に対して計算機シミュレーションを行った.本研究で用いた発電機モデルは,Park の式と制動巻線,および発電機回転子の位置と角速度に関する微分方程式で記述され,界磁電圧は AVR で制御される.本研究の電力系統全体は 13 従属変数の常微分方程式系で記述される.本研究の系統において,定電力負荷の無効電力を準静的に増加したときに起こる電圧崩壊の原因は,不安定周期解によるカオス的アトラクタのブルー・スカイ分岐であり,Dobson 氏らや Wang 氏らの不安定平衡点による電圧崩壊の原因とは異なった.また,電圧崩壊が起こるまでの無効電力の値においても,さまざまな非線形現象が確認された.
 第 5 章で,Park の式に基づく発電機モデルと,Dobson 氏らや Wang 氏らの非線形負荷モデルより構成される電力系統を記述する諸方程式について説明する.
 第 6 章で,この電力系統に関して行った計算機シミュレーションの結果を述べ,電圧崩壊の原因について説明し,AVR のリミタ(limiter)が動作した場合の留意点について述べる.

1.4 機器定数の測定に関する研究の概説
 同期発電機に対するシミュレーションの成否は,電力系統に派生する諸問題の解析結果を決定的に左右する.系統安定度解析などに関するシミュレーションは,同期機が定格電圧を発生し,正常に動作している状態について行われる.さまざまな事故に関するシミュレーションの場合でも,通常の動作状態やその近傍において正確なシミュレーションが行われているという前提の下で,解析結果の妥当性が保証される.
 計算機シミュレーションに用いられる諸定数の値は,通常,JEC-114 に定められた諸試験より得られる 14).例えば,同期リアクタンスの値は滑り法や短絡試験より,過渡リアクタンスや過渡時定数,電機子時定数の値は 3 相突発短絡試験より求められている.これらの機器定数は,現実には発電機内部磁束などの動作状態によって変化する変数である.事実,飽和値と不飽和値が与えられている場合もあり,飽和度を関数で表わすなどのシミュレーション手法も用いられている 5, 6)
 ところが,突発短絡試験時における同期機の状態は,通常の運転時とは著しく異なるので,突発短絡試験より得られた機器定数の値を用いて通常の運転時に対するシミュレーションを行った場合,実際の系統状態と異なる結果が得られることもあると考えられる.さらに,JEC-114 に定められた諸定数の測定法には,3 相突発短絡試験時の電流波形(過渡的に変化する交流)に包絡線を引くなど,作図によって数値を求める方法が含まれている 14).このような作図によって得られた値から算定される機器定数の値が,有効数字 3 桁で与えられている例も多い.
 Park の式中に現われる諸定数の値は,このような機器定数の値より換算される 2-6).換算式は,Park の式中に現われる諸定数と機器定数を一定として,機器定数の定義より導かれる.したがって,Park の式中に現われる諸定数の値を直接測定すれば,より正確なシミュレーションを行うことができると考えられる.Park の式は同期機の各巻線に関する電磁誘導の法則に基づいているので,Park の式中に現われる諸定数の値は,各巻線から見たインダクタンスの値などを測定すれば,容易に求めることができる.また,測定電流の値などの測定条件を比較的自由に設定することができるので,シミュレーションの対象とする動作状態に応じた測定値を得ることができる.
 本研究では,まず,同期発電機の電機子巻線と界磁巻線について抵抗とインダクタンスの値を直接測定し,その測定条件による変化などを考察した.諸インダクタンスの測定値は,測定電流による透磁率の変化が無視できず,測定した電流の範囲でも最大 10 % 程度変化することが明らかになった.特に,界磁巻線抵抗の測定値は,ブラシの接触抵抗のため,数倍変化することが明らかになった.供試発電機は 3 相の界磁巻線を持ち,界磁巻線は回転子円周方向に均等に分布しているので,巻線形誘導電動機としても使用できる.この誘導電動機を用いた一機無限大母線系統に対して,誘導機の負荷を増加して電圧崩壊を起こす実験を行い,測定した値を用いて行った計算機シミュレーションの結果との相違点を考察した.シミュレーションの結果と実験結果とは,定性的によく一致したが,定量的にはやや異なった.さらに,電圧崩壊が誘導機の定電力特性によって起こることを明らかにした.
 第 7 章で,諸定数の値の測定法について説明し,測定結果について述べ,インダクタンス測定時の問題点などについて検討する.
 第 8 章で,まず,電圧崩壊の実験について説明し,実験結果について述べる.続いて,実験系統を記述する諸方程式について説明し,計算機シミュレーションの結果について述べる.また,定電力負荷を含む電力系統の電圧崩壊現象と平衡点について考察する.