6.7 結言
本章では,誘導機と定電力負荷を含む非線形電力系統に対する計算機シミュレーションの結果について説明し,定電力負荷の無効電力の値を増加すると,動揺・電圧異常現象が起こることを明らかにし,電圧崩壊の原因を解明した.
第 5 章より本章では,発電機を内部磁束によって表現した Park の式を用いて,Dobson 氏らや Wang 氏らが提案した電力系統モデルに観測される電圧異常現象・電圧崩壊現象に関する研究について説明してきた.以下に,本研究で得られた結果をまとめておく.
(1) 定電力負荷の無効電力の値をパラメータとして増加すると,電力系統の正常な運用状態に対応する安定平衡点は Hopf 分岐し,電圧異常現象に対応するリミット・サイクルが生じた.さらに無効電力の値を増加すると,リミット・サイクルは周期倍分岐を繰り返し,軌道はカオス的になり,7 周期リミット・サイクルなどの窓が観測された後,電圧崩壊に至った.
(2) 電力系統は 13 従属変数の常微分方程式系で記述されるが,低次元の非線形系と同様,周期倍分岐を繰り返しカオス的アトラクタにいたる道筋(Feigenbaum scenario)や窓が観測されただけで,特に定性的に新しい現象は見い出されなかった.主な窓は,5 周期リミット・サイクル,(3 周期より分岐したのではない)6 周期リミット・サイクル,7 周期リミット・サイクルの窓であった.7 周期リミット・サイクルは異なる 3 系列の軌道が存在し,第 1 系列のリミット・サイクルより周期倍分岐を繰り返して生じたカオス的アトラクタと,第 2 系列のリミット・サイクルが共存するパラメータ領域が見い出された.
(3) パラメータの値を準静的に増加したとき,カオス的アトラクタが不安定周期解と接触して起こるカオス的ブルー・スカイ分岐によって,電圧崩壊の起こることが明らかになった.Dobson 氏らや Wang 氏らが報告している電圧崩壊の原因は,不安定周期解ではなく,不安定平衡点によるサドル・ノード分岐やカオス的ブルー・スカイ分岐であった.この点で,本研究は電圧崩壊の新たな原因を提示した.
(4) この不安定周期解は,夾叉軌道法を用いて,電圧崩壊に至る初期値領域とリミット・サイクルに収束する初期値領域との境界上の軌道の極限集合として見い出され,Poincare 写像に関する Newton-Raphson 法によって,微分方程式系の周期解であることが確認された.絶対値が 1 を超える不安定周期解の特性乗数は 1 つだけであり,非常に大きな値であった(存在領域の両端近傍を除く).不安定周期解は,パラメータの値を大きくして行くと,安定平衡点の Hopf 分岐によって生じた 1 周期リミット・サイクルが周期倍分岐によって不安定化した周期解と衝突して消滅し,パラメータの値を小さくして行くと,平衡点が安定な領域においても存在し,やがて別の不安定周期解と衝突して消滅した.
(5) 発電機 AVR のリミタが動作した場合,2 周期リミット・サイクルに見えるが,拡大すると無数の曲線よりなる定常解が出現し,その最大 Lyapunov 指数は正であった.定常解のカオス的な度合は,数値積分の刻みに応じて小さくなった.また,この定常解の 2 番目に大きい Lyapunov 指数は,自律系であるにもかかわらず負になった.このような現象は,リミタが動作する時点で微分方程式系を定めるベクトル場が不連続になり,数値計算が十分良い精度で行われないため生じると考えられる.実際,リミタの位置を変更し,ベクトル場が連続になるようにすると,リミタが動作してもこのような現象は起こらない.数値積分の刻みを極端に小さくした場合の結果などから,数学的な定常解は通常のリミット・サイクルであると考えられる.なお,定常解は,拡大するとカオス的である特徴を保ったまま周期倍分岐を繰り返し,通常見られるようなカオス的アトラクタに移行する.また,電圧崩壊は,リミタのない場合と同様,不安定周期解にカオス的な状態の軌道が接触することによって起こる.
(6) 本研究の電力系統で,発電機を Wang 氏らが用いた動揺方程式のみのモデル(第 5.6 節参照.負荷の電力なども複素表示)で置き換えてシミュレーションを行うと,無効電力の値が約 1.5570 pu まで平衡点は安定となり,約 1.5571 pu でサドル・ノード分岐によって電圧崩壊が起こる.すなわち,端子電圧の変動を考慮すると,定態安定限界(平衡点の安定限界)は約 0.3617 pu 小さくなり,電圧崩壊に至るまでにさまざまな電圧異常現象が生じる.ただし,動揺方程式 (5.58), (5.59) における諸定数の値は,本研究で用いた発電機の動作状態を考慮して選び,M = 0.0123, dm = 0.03, Em = 1.02 とした.したがって,発電機の近似モデルを用いた場合,電力系統の定態運用に関するシミュレーションにおいてすら,問題の生じる場合もあると考えられる.なお,Wang 氏らの文献 12) には,Thevenin の定理の適用における符号の誤りがあるので,これを訂正してシミュレーションを行うと,文献内容と数値的に異なる結果になるが,文献中のコンデンサの値を 3.5 より 3.16 に修正すれば,文献内容と同一の結果が得られる.