川崎市の藤野様より以下の記事をいただきました(2 Oct 2010, 10月20日掲載).この記事の第1部は,藤野様より以前にいただいた高音域が顕著に低下していた M7-45 の改善事例の詳細で,他にも同時期に M6-8 と M7-45 についての情報をいただいています.さらに,M7-45 のはみ出したグリースを元に戻され,周波数特性のピークを改善された記事「レヴァー式はグリースの劣化にご用心」もいただきました(5 Aug 2011, 8月12日掲載).
第一部 M7−45の周波数特性の話
いつ頃からかはっきりしませんが、オルトフォンなどの透磁率の高い材料に銅コイルを巻きつけた構造と違って、質量が銅の三分の一のアルミをリボン状にして且つ空芯のコイルにしている、従って音を濁らせる磁歪というものがないという事を広告か何かで知ってサテンというメイカーを意識し始めました。しかし、愚弟からサテンは壊れやすいという情報が入り、興味は少し薄れました。M5−45という機種でした。
しかし、その後雑誌の図入り広告でM6−45並びにM7−45はその点が改良されて問題は無くなった事が分かりました。そこで再び関心が強くなって来たのですが、A・テクニカの安価なAT−3を愛用して来たフトコロには、M7−45は高価すぎました。M7を選んだ理由は、M6より出力が小さい、つまりコイルの巻数が少ない、当然高域の再生限界は伸張しているであろう、そんな所でした。実際カタログ値はそうだったのです。それが今から四十年ほど前の事でした。何とかして手に入れようとした結果、無線と実験誌の売買欄でやっと手に入れる事が出来ました。所が希望に満ちて針を下ろしたレコードから出た音は、あにはからんや、AT−3では出ていた輝かしいトラムペット、咆哮するトロムボーン、室内楽の美しく優しいヴァイオリンらが厚いヴェイルの向うへ行ってしまっているのです。丁度コンデンサーで高音部を減衰させているような具合でした。やはりムーヴィングマスが大きくて高い方は無理かとがっかりしてそれ切りM7−45はお蔵入りになりました。当時は何故かサテン社にクレイムをつけるという考えは全く起きなかったのです。今なお不思議に思います。前の持ち主が安値で売ってくれた理由がこれかとぼんやり考えただけでした。
所が昨年末、何かのついでにオーディオ関係の入っている箱を開けますとM7−45が目に入りました。四十年ぶりです。高音部は相変わらずかなと思いつつレコードをかけてみますとやはり相変わらずでした。この際と思って周波数レコードで1kHz以上の周波数特性(F特)を調べました。これが第一図の(1)です。
明らかに高音どころか中音部からダラ下がりに下がっています。さあ、クレイムをつけようとしても既にサテン社は存在しておりません。どうせ高音部が出ないのならこのまま置いても仕様がない、内部がどうなっているのかこの目で見てやろうと、私がヘソと呼んでいるボディー中央のねじ部分を外し、恐る恐るカヴァーを外し、しばし肉眼視しましたが特に異常があるとは思えなかったので次に3倍の虫めがねで発電コイルから出力端子までの配線の具合を辿って行きますと、その終端、ボディー内部の端子四本に半田付け(?)されている部分の直前が四本とも内壁にぴったりとへばりついていました。と言って糊付けされているのではありません。別に深い考えはありませんでしたが、こう言う状態は余り良い事ではあるまいと思い、先の細いピンセットで一本づつ細い配線を切らないよう丁寧に内壁から離していきました。配線同士が接触していない事を確かめてから再び丁寧にカヴァーをはめ、ねじ止めしてから丸い金色のヘソを糊付けして作業を終えました。この時はこの作業がF特の改善になっていようとは夢にも思いませんでした。 何日かして他の幾つかのカートリッジのF特をとる必要があり、ついでに先日手を入れたM7−45の特性をも取ってみました。それが第一図(2)です。
ご覧のように、再びあにはからんやですが、今度は高音部が持ち上がっていて立派に回復しております。尤も回復と言ってよいのかどうか分かりません。何故なら、製造段階で配線が既にあのような状態であって高音部が出ていなかったのなら回復とは言えないからです。不良品ということになります。まあ、屁理屈は兎も角、実際の音は他の国産の丸針MC型に劣らないもので四十年目にしてやっと本物の音を聴く事が出来たと喜んでいる次第です。原因ですか? 私は絶縁体で覆われた金属箔のようなもの(実際はコイル)が四枚並んで絶縁体のような壁に張り付いている事から、コンデンサーを想像し、これが高音の減衰を呼んだと考えたのですが、人様のご意見はまた違うようで、本当の所は分かりません。
第二部 M7−45の cantilever 再生の話
しかし問題はまだあったのです。お話に入る前にサテンの所謂「針」は他社のに比べて独立しており、かつ複雑ですから必要な部分について簡単に定義をして置いた方が便利でありましょう。
(1)新品カートリッジに既に装備されている「針」と交換用のそれは同じものですから共に「針アセンブリー」と総称する。
(2)レコード盤面の溝をトレイスする本当の意味の「針」はスタイラスと呼ぶ。
(3)スタイラスを先端に取り付けてある細い管をcantilever と書く(読み方は自由)。
(4)主としてcantilever を収納しており同時にカートリッジ本体に取り付けられることを目的としており、一見ボート様の構造物(厚手の銅製・クロムメッキ?)・筐体をボートと呼ぶ。
さて、サテンの針は全て cantilever の保護のため、「SATIN」と刻印し且つスタイラスの種類によって文字が色分けされた蓋(カヴァー)によって保護されております。所が、私の入手したM7−45はこれが無かったのです。無論工場出荷の時から無かったのではなく、前の所有者が高音不足の原因を探ろうとしたのかこの蓋をこじ開け、丁度Sの字が終わる所で折り取ったもののようでした。ですからcantilever は保護が無く裸になってしまっていたのです。更にその下側の、普通のボートに例えれば舵に近い船底には鮫にかじられた如くにヤスリをかけて穴をうがった跡がありました。目的は不明ですが、どうも前の所有者はおかしな事をしてくれたようです。しかし、ボート自体(筐体)は厚めの銅板(クロムメッキ?)で出来ていますからしっかりしていて、使い物にならないと言うほどの損害ではありませんでした。しかし本当の損害はその後にやって来ました。今度は私の責任ですが、スタイラスに何かが引っ掛かって cantilever が立ち上がり、ボートと 細い銅材で連結してある所で折れ曲がって、丁度ボートに帆柱が立ったような形になったのです。これはいけないと、裁縫の待ち針の先端をスタイラスの付近に当てて、だましだまし元の位置へ戻そうとしましたが半分ほどの行程で連結部分が折損してしまいました。つまり、 cantilever が針アセンブリーから完全に分離してしまったのです。経年変化で銅材が脆くなっていたのでしょうか。この様子は第二図に示します。
あらゆる意味で可能ならば、この折損部分で接着結合すべきなのでしょうが、cantilever の動きを少しでも妨げてはならないとしますと素人にとっては可能な接着結合方法はないのではないかと思いました。 第二図で、折れた銅材のうち cantilever 側をAとし、ボート側に固着されている方をBとします。もし折れていなければcantileverとボート(筐体)とをしっかり結合している筈なのはこのAの部分で、cantilever の内径 0.5mm の中に奥行き2mmで堅く嵌入しております。
私の考えた修復法の第一はこの嵌入を緩めて銅材Aを引き出し、その中央に引いた点線上に、直径0.05mm の燐青銅線の一端を接着剤で固着し、その後再度 cantilever に戻して嵌入し、燐青銅線のもう一端を 0.5mm の距離をもって第二図のB側に固着して、これによってcantilever とボートとの一体化を活復しようとするものでした。しかし物事は頭で考えたほど容易には運んでくれませんでした。銅材Aは cantilever を上下に軽くつぶして横広としたにも拘らず、一向に出て来てくれず、無理に引っ張り出そうとした結果、遂にcantilever が破れるという惨事になってしまいました。さらに銅材Aの翼の片方が折れるという事故にもあい、補修法の第一は敢え無く潰れてしまいました。それに金属材料屋さんに当ってみても径が 0.05mm の燐青銅線と言うものはないということが分かり、計画そのものが成り立たない事が分かりました。
第二の方法は、(a)別の cantilever を利用する、(b)ボート(銅構造物・筐体)の内部を整理して邪魔者をなくし、広くした所に(c) cantilever を固定する新しい構造物を導入する、と言うものであります。実際には(a)は友人から貰ったM117の交換針アセンブリーから取り出したもの、(b)はボートの後尾にくさび状に残っていた石膏状の物と不要になった銅材料を除去する事、(c)は cantilever 固定のためにアルミの板を成型して導入する事などで、第二の構想を実現できそうでありました。第三図(1)がその平面図、第三図(2)はcantilever の後部を正面から見た図であります。 工作はcantilever の後部から始めました。初めに第三図(2)のようにスタイラスが真っすぐ上を向くように cantilever を3cm x 5cm 位のボール紙にセロテイプでしっかり固定しました。次に cantilever の後ろから詰める固定用並びに翼用その他の銅線類が必要ですが、それらは三種類四本です。一つ目は20芯のヴィニル線から取り出した径0.17mmの銅線で、6mm位に2本切り、どちらも端から3mmの所で直角に曲げてL字型に成型し翼用としました。次は同じ銅線を3mmに1本切りました。最後は同じくらいの太さの錫メッキ銅線を10mmに切りました。これで線材は揃いましたので、これらをcantilever の後部から詰め込みます。再び第三図の(1)と(2)を御覧下さい。
cantilever の後部に最初にL字型を翼のように左右対称にして3mmづつ、つまり曲がり角まで一杯に差し込みました。次に錫メッキ銅線を3mm差し込みました。当然4mm ほどはみ出しますが、これを「尾」と呼んでおきます。最後に3mm の線をそっくり3mm 差し込んでスペイサーとし、線材達が cantilever のなかで勝手に動かないようにしました。これで線材の差込みは終了です。次はこれらの線材を接着剤で固定する工程です。最初にL字型を左右対称に且つ水平になるように調整しますが、適当な補助材を使うと作業が楽です。全体の形が整ったらアロンアルファを待ち針の先につけて線材達の隙間に流し込みます。少しづつゆっくりやりますと、やがて腹一杯になったように入らなくなりますからそこでやめます。そしてもう一度形を整えてから静かに半日ほど放置します。 これ位時間がたちますとアロンアルファは固化していますから、二本の翼(L字型の銅線の外に出ている部分)の幅がボートの内寸より0.5〜1mmほど小さくなるように左右対称に切りそろえます。
いよいよこの工作記事の最終目的である cantilever の「尾」をボートに固定する作業に入ります。まず、その為の基礎作業です。固定用の材料は自販機の清涼飲料水缶のうちアルミ製でなるべくは薄い板厚のものを使います。私が使ったのはペプシのゼロカロリーのもので、厚さは0.1mm 、これくらいが一番薄く、扱いやすいと思います。第四図にこれを使った固定具の形状、寸法などを示します。名称を「cantilever固定具」とします。簡単なものですから、別に展開図など描いてありませんが、幅約 2mm 、長さ約 5mm のアルミ板を切り取り、中央に径0.2mm 程の小穴を開けます。これを第四図(1)(平面図)のように折り曲げ成型しますが、注意すべきは第四図(2)(正面図)のように開けた穴が中央に来るように左右の折り目の位置に注意する事と折り曲げた後、ボートの内壁にアルミ板が出来るだけ密着するようにする事です。これは次の工程、つまり cantilever を取り付けるのに重要です。小穴の開いている面にゆるいカーヴをつけているのは、折り曲げ成型後この折り曲げ部の幅がこれを嵌めるボートの内寸より小さかったり、大きかったりした時、カーヴの程度を変えて補正するためです。 以上の準備が出来ましたら「cantilever固定具」をボートの後部に嵌め込みますが、余りしっくりしない場合は上記の方法及び両裾を広げるなどで半固定になるように調整します。嵌め込みの向きは無論小穴のある方が cantilever 側、つまり前向きになります。次にこのボートをカートリッジに取り付けます。カートリッジは10cm四方くらいのボール紙に小さな両面テイプで固定します。 続いてcantilever をボール紙から外しますがその前に cantilever の中央部分に印として細いマジックペンなどで横線を入れます。この印の所でカートリッジ側は cantilever を受け止める事になります。カートリッジ側ではこの部分を針受けと呼んでいるようです。この時セロテイプが邪魔ならばその部分だけ切り取ります。横線が入りましたらセロテイプを丁寧にはがし、cantilever をボール紙から離します。cantileverはピンセットで摘んで、「尾」を cantilever固定具の小穴に差し込みます。続いて cantilever の中央につけた横線とカートリッジの針受けとを一致させ、幅5mm 程のセロテイプで仮り止めします。この時 cantilever が余りにも急な角度を持ったり、逆にボートの中に隠れそうでありましたらcantilever固定具を上下に動かして適度な角度を持つように調整します。 再び cantilever の「尾」の方に戻り、二本の翼と「cantilever固定具」の間隔が1mm弱になるように「固定具」の位置をピンセットを使って前後に動かし調整します。これらが出来ましたらその位置で「固定具」とボートの内壁の隙間にアロンアルファ又は類似の速乾接着剤を流し込むなどで固定します。接着剤が乾くのを待って今度はカートリッジ全体から見てスタイラスが正しく垂直になっているかどうかを10倍のルーペで正面からチェックし、傾いている場合は仮り止めのセロテイプをゆるめて二本の翼をピンセットで調整し、垂直が出ましたら、その状態を保って再びセロテイプで仮り止めします。次に固定具に貫通している尾は、その先端を細いマイナスドライヴァーでゆっくり押して45度位に折り曲げます。最後にこの部分を速乾接着剤で固定しますが、これは垂れないゼリー状の物を使います。この状態で半日ほど置き、接着剤が完全に固化しましたら、全ての仮り止めを取り除いて完成となります。修復を終えた全体像を第五図に示します。
<反省>
第一の方法で、cantilever に嵌入しているAの部分は無理に引っ張り出す必要は無かったと思います。折れ口の部分はどちらも鑢などで丁寧に磨り落とし、Aの部分にはその状態で何らかの方法で錫メッキ銅線の一方を固着し、他方は1mm弱の距離を隔ててB側に固定すれば良いのですから。 そうすれば、オリジナルのcantileverは壊さずに再利用できましたし、M117のcantileverは温存出来たわけです。 もともとこの折れた部分はご存じのとおり、太さ 0.035 か 0.050mm の銅材で出来ており燐青銅のようなバネ材である必要はないようであります。それで普通の銅線でも良いのですが(この程度の太さのものは秋葉原の専門店にありますが一単位がべら棒な長さで、数千円します)少しでも丈夫な方が良いと錫メッキ銅線を選んだのです。しかし太さは先日秋葉原を歩き回っても 0.12mm が最小でした。ですからたまたま今回使用した 0.17mm 程度のメッキ線は大きな間違いではなかったとは思いますが、機会とやる気があれば 0.12mm に替えたいと思います。