カオス(Chaos)と決定論・予測不可能性

〜簡潔かつ正確,高校生にも理解できる〜2/4/07

 日食の起る日時や彗星の次の回帰日時などは,年単位や十年単位という期間にもかかわらず確定でき,百年以上前にあったことでも逆算できます.一方,天気予報は明日でも外れることもありますし,さいころを1個投げた時に出る目は特定できません.この違いは,前者の法則が単純で結果が規則的,後者は複雑で不規則なためと考えられます.カオスの発見(物理学的には 1961 年,数学的には 1975 年)以前は,主にこのように考えられていました.
 しかし,天気予報でも,例え確率的な現象でも,物理学的には何らかの法則に従っていますので,現在の状態(初期条件)から未来を予測することができるはずです.このような考え方を決定論と言います.もちろん現在の状態が正確に特定できればの話で,逆に,現在の状態が不正確(誤差がある)なら,法則が単純でも未来は不確定になると考えられますが,誤差の影響は時間とともに減少する(安定性)のが普通ですので,未来が予測できるのです.地球外の彗星の状態(位置と速度)は,地球上の気象あるいは手元のさいころの状態と比べて,ずっと不正確にしか分らないでしょうね.

高等学校で数列を習っていない方は,次の段落と本文最後の段落を読み飛ばしても差し支えありません.

 数列の帰納的定義は決定論で,漸化式が法則,初項が初期条件(初期値)となります.例えば,漸化式
   x n+1 = 2 x n (1 - x n)   … (1)
では,0 < x 1 < 1 のすべての初項 x 1 について,x n は 0.5 に限りなく近づきます(とくに x 1 = 0.5 のときは,すべての x n = 0.5.不動点).3桁程度で近似計算しても問題はありません(安定性).係数の 2 を 0.5 や 3.3, 3.5, 3.83 にも変更して実際に計算してみてください.
 カオスが起ると現在の状態の誤差が短時間で拡大し(初期条件に対する鋭敏な依存性),実際上,決定論でも未来は予測不可能となります.また,法則が単純でも複雑・不規則な現象が観測されます.精密に調べると太陽系の天体運動にもカオスは潜んでいますが,日食程度ではカオスは問題にならないので予測可能です.気象にカオスが起れば,明日の予報が当たっても(短期間でしたらある程度の誤差で予測可能),週間予報は外れてもしかたのないことになりますが,天気予報が外れるのは,カオスが原因というよりも,複雑な法則を正確に解くことができないのが主因と考えられます(正確なところは分っていないと思います).カオスと言えども決定論なので数学的には予測可能ですが,実際の物理現象では必ず初期条件自体に誤差が含まれますので,カオスが起ると長期的には予測不可能となります.
 カオスの例として有名な(式 (1) とは係数が異なるだけの単純な法則)
   x n+1 = 4 x n (1 - x n)   … (2)
は,0 < x 1 < 1 のほとんどすべて(有理数では x 1≠1/4, 1/2, 3/4)の初項 x 1 について,x 1 が少しでも異なると数列 {x n}(必ず 0 < x n < 1 になる)はまったく異なります(予測不可能).同じことですが,計算の桁数を(5桁以上で)変えると,{x n} は途中からまったく異なります.実際に計算してみてください.

【注意・補足】
x n+1 = a x n (1 - x n)
a=  (0 < a ≤ 4) 数値を変更(クリック)すると n は1に戻ります.
(クリックするタイミングのずれで戻らないことも)
x 1=  (0 < x 1 < 1)
x =  

a = 2 のとき x n は 0.5 に限りなく近づくのですが,桁数が有限なため,実際にはある n で 0.5 になり,以後 0.5 が続きます(不動点).不動点は特性方程式 x = a x (1 - x) の解です.

a = 1, 3 などでは不動点に落ち着く(収束する)までにはかなりの時間(n)がかかります(分岐点).a > 1 で不動点 0 が不安定化し,a > 3 で不動点 1 - 1/a が不安定化します(特性方程式右辺の不動点における微分係数の絶対値 > 1)が,不動点は存在し続けます.

3 < a < 1 + √6 では x n は2つの値を交互にとるようになります(2周期).この2値は4次方程式 x = a 2 x (1 - x) {1 - a x (1 - x)} の解です(x = [a + 1 ± √{(a + 1) (a - 3)}] / 2a.あと2つは上記の不動点).この右辺の2値における微分係数が a = 1 + √6 で -1 になり,a > 1 + √6 で不安定化します.

a = 3.5 前後(1 + √6 < a < 3.54…)では4つの値を順にとり(4周期),3.55 前後では8周期,…,のように周期が2倍になる分岐をくり返して(a の範囲は等比数列的に狭くなる),a = 3.5699456…(数学的な値は分っていない)からカオス的になります.

a = 3.83 前後(1 + √8 < a < 3.84…)では3周期が現れます(窓).a = 1 + √8 で8次方程式 x = a 3 x (1 - x) {1 - a x (1 - x)} [1 - a 2 x (1 - x) {1 - a x (1 - x)}] は3個の2重根(解)をもつようになり(右辺の微分係数がそれぞれの点で 1.あと2つの解は初めの不動点),1 + √8 を超えると,それぞれが2実数に分かれ,一方は安定,他方は不安定となります(接線分岐).他に,3.74 前後で5周期(15 桁で),3.9602 前後では4周期の窓があります.

分岐図

小数点以下 桁で

【注意・補足】の第2項目に関連して,中島弘之近畿大学教授(京都大学 旧上田研究室の同窓生)から,以下の解説をいただきました(少し編集しました).
 カオスと確率に関しては、下記のような説明でよいのではないでしょうか。
「確率的な現象は当然予測不可能であり、多様なパターンが生成されるので、複雑なものになりますが、逆に(実際上)予測不可能で複雑なら確率的かというと、そうではありません。(実際上)予測不可能で複雑ですが、確率的要素の全くない規則で生成されるものがあります。その典型がカオスです。」
 カオスの発見によって「決定論と確率論の境界があいまいになった」のではなく,「ランダムと確率の区別を明確にしなければならなくなった」,つまり,「決定論的なシステムが確率的なものを生成できる」のではなく,「ランダムなものが決定論的なシステムから生成される」ということがわかったというのがカオス発見の意義の一つでしょう.

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