私は東北大学の通信工学科を出て大学院 に残り、卒業後はライフワークとしての哲 学を勉強するために京都に帰ってきたが、 生活をしていかなくてはならないので、学 校の先生をしていたことがある。そのころ から音楽の再生に興味を持ち、フェアチャ イルドのカートリッジを何とか手に入れた いと、神戸などあちこち探し回ったことが あった。 結局入手できず、それなら自分でカート リッジを作ってみようというのが始まりで ある。また、当時フェアチャイルドは二万 〜二万五千円もしていたし、このような技 術を売るものこそ、何の資源もない日本で 作るべきだということと、京都にいても可 能だという立地条件もあって、カートリッ ジを作ることにしたのである。 昭和二十九年ころからいろいろな特許数 十件を出願して、三十一年に初めてモノー ラルカートリッジのサテンM−1を発売し た。当初から、何かをして良い音を創造し ようというのではなく、音楽再生の障害に なっているものを排除しようという考え方 に立っていたので、あいまいなもの、不確 | かなものは使わない、ということで、磁性 材を動かして発電する方式はさけ、磁気歪 を本質的に発生しない空しんMC型とし昇 圧トランスの磁性材のお世話にもならぬた めに高出力MC型にした。また磁性材と同 様にゴム材もオーディオ再生に有害である ことはわかっていたので、補助的にだけゴ ムを使い、グリースの滑りまさつを使った 制動と電磁制動とを主にした制動方式とし た。これがスパイラルコイル方式のはじま りである。 その後、M−3以後はステレオとなり、 アーチ型ダンパーのM−8の時代を経て、 一九七〇年にはM−15において、はじめ てゴムを制動機構から完全に取り去ること に成功した。そしてさらにM−117シリ ーズ、M−18シリーズでは、カッターへ ッド型の厳密一点支持方式を小さなカート リッジの交換針機構の中に世界ではじめて 実現し、こうしてサテンのスパイラルコイ ル方式は、ただ一つしかあり得ない純粋方 式としてほぼ完成の域に到達させることが 出来た。 これからは、これらを完成させたのと同 | |||
じ技術原理に立って、今まで世の中に存在 しなかった、もとの音を変えないアンプや スピーカー、アーム、その他を逐次発売し ていくつもりである。世の中のオーディオ 機器が今後進歩して、私が考えているよう な音を変えないまともなものが出現してく れば、ぜひとも私どもが作らねばならない という必要はなくなるが、やはりマイクロ フォンからレコードまで、ゆくゆくはサテ ンで作ることになるだろう。 今のオーディオ界の大勢や学会などの定 説と私の考え方は一致しない点があるが、 どちらが正しいかは、実際の製品をお聴き になる一般の音楽愛好家の方々によって、 おのずと正しい判定が下されていくものと 確信している。 | 私のことを凝り性と言う人もあるが、私 はいわゆるオーディオの泥沼で暗中模索す るタイプではないし、また経験やカンだけ にたよる職人的な凝り性でもない。先に申 したように、まず最初にはっきりとした目 標と見通しがあって、例えばカートリッジ ならカートリッジのあるべき原理的な理想 像と、それを具現するために必要な方法論 が頭の中でまず完成した上で着手するとい う行き方である。そしてそのために少しで も良いとわかっていることは、どんなに手 間のかかる困難なことでも採用し、本質的 に悪いとわかっていることは、どんなわず かなことでもやめることにしている。この 意味では一種の凝り性かもしれないが、安 易な妥協は絶対しないつもりである。 | 別冊 FM fan No. 18 1978 夏(7.10 発行) より抜粋(奥様のご厚意) |