(1) 本研究で考案した空隙磁束密度分布の計測方法に基づく装置を試作し,サーチ・コイルと d 軸ピックアップを取り付けた同期発電機が負荷を担って動作している状態において,その空隙磁束密度分布を計測した.負荷時の内部誘導起電力は,従来の測定器では直接得ることはできないが,本研究の計測装置の応用として実際に算出され,その無負荷誘導起電力に対する位相角も得られた.このように,計測装置はソフトウェアによる数値処理に基づいているので,その機能の拡張は容易に行うことができる.
一般の発電機にサーチ・コイルや d 軸ピックアップを取り付けることは,それほど困難ではない.また,計測装置の構成を発電機の構造に応じて変更するのは容易である.したがって,どのような発電機に対しても,空隙磁束密度を測定することにより,負荷時の動作状態を明らかにすることができる.
現在のところ,同期発電機の制御に空隙磁束の情報が取り入れられていないので,本研究の成果に基づき,従来の制御方法に空隙磁束の情報を付加した新しい制御方法を考案し,同期発電機の安定化制御装置を開発することが今後の課題である.
(2) 本研究の電力系統において,負荷を増加したときに起こる電圧崩壊の原因は,不安定周期解によるカオス的ブルー・スカイ分岐であることが明らかになった.従来より知られている電圧崩壊の原因は,不安定平衡点による分岐であったので,本研究は新たに,不安定周期解が原因となる大域分岐によって電圧崩壊が起こることを例証した.
発電機 AVR のリミタが動作した場合,リミット・サイクルに見えるが,最大 Lyapunov 指数は正で,拡大すると無数の曲線よりなる定常解が出現した.このような定常解は,リミタによってベクトル場が不連続になるため,数値計算が精度よく行われないために生じ,数学的厳密解は通常のリミット・サイクルであり,最大 Lyapunov 指数も 0 になると考えられる.ベクトル場が連続であれば,リミタが動作してもこのような現象は起こらない.
同期発電機の電気的な過渡現象を無視し,動揺方程式のみを考慮したシミュレーションの結果との比較により,内部磁束に基づく Park の式を用いたシミュレーションの必要性が確認され,同期発電機の動作を支配する内部磁束を考慮することの重要性を提起した.
本研究で用いた発電機モデルの制御系は,調速機や PSS(Power System Stabilizer)を考慮していないので,本研究の成果に基づき,これらを考慮した計算機シミュレーションを行うことが今後の課題である.また,実系統は多数の発電機や負荷より構成されているので,多機系統に対して本研究で得られた結果を確認し,一般化することが必要である.さらに,発電機 AVR のリミタが動作した場合に生じる現象を数理的に解析し,数値計算を精度よく行う方法を考案することも今後の課題である.
(3) 供試発電機の電機子巻線・界磁巻線のインダクタンスの値は,初透磁率範囲を超えて磁気飽和に至るまでの間において透磁率が変化するため,巻線電流の値(磁路の磁束密度)が増加するにつれて大きくなることが,定量的に明らかになった.また,供試発電機の界磁抵抗の値は,ブラシの接触抵抗が界磁電流の値によって変化するため,直流抵抗の値と微分抵抗の値が異なり,界磁電流の値が増加するにつれて小さくなることが,定量的に明らかになった.
誘導機の定電力特性によって,誘導機電圧の低下と誘導機電流の増加が成長し,電圧崩壊の起こることが実験によって解明された.シミュレーションによって,電圧崩壊の原因は,サドル・ノード分岐であることが明らかになった.
従来より,磁気飽和によるインダクタンスの値の変化を考慮したシミュレーションは行われているが,発電機の諸インダクタンスの値は,磁気飽和に至るまでの動作状態に対してもかなり変化するので,諸定数の値の動作状態による変化を考慮したシミュレーション技術を確立することが,今後の課題である.また,実験結果とシミュレーション結果の定量的な相違は,諸定数の値の変化・有効桁数の問題の他に,誘導機の鉄損など,精度よく測定することが困難で,かつ方程式系に現われない諸量に起因すると考えられるので,それらを考慮したシミュレーション技術を確立することも今後の課題である.
本研究で得られた知見が電力系統の安定度向上に活用されることを期待するとともに,非線形力学系理論・カオス理論の電力工学への応用が発展することを期待する.